完璧に生きて幸せになれますか?

こんにちは。HIROです。

最近は最高気温が35℃を超えることが多いので、
30℃前後の気温だと過ごしやすい感じすらしてきました。



20年くらい前で考えると
30℃でも真夏日だったのですが、
今では普通の暑い日になってしまいました。


天気が良いと気分も晴れやかになりますが、
あまりに暑いと外出も控えてしまうので、
結局オタクに篭ってしまいます。



自分に必要がない情報が入らなすぎても
情報が偏ってしまうのでできれば外出をして
街の風景から様々な情報を感じ取りたいです。


今年は秋もまだまだ先ですかね。


私はリモート生活が半年になり、
この生活もだいぶ板についてきました。



基本的にはリモート生活は大賛成派なのですが、
会議の切れ間がなかったり突然コールされたりと、
以前の時の方が時間に余裕があったような気もしてきました。



また、自分の仕事の出来栄えを途中途中で
チェックすることが減ってしまい、
ついやりすぎてしまうことも時もあります。



離れているので成果物は良い物を出したい。
でもずっと仕事にかかりっきりになってしまい、
夜になっても頭の切り替えが出来ない時があります。



仕事のみならず家事も含めて完璧とはなんなのか?
それを求めて犠牲になるものはないのか?
では、幸せとは何を基準に考えれば良いのか?



全てを完璧にやろうということは考えていませんが、
「緩くこだわりのある人生を創りたい人間」としては、
この折り合いをどこに求めるかを考えてしまいます。



これって、ぜんぜん緩くないですよね(笑)



今日はそんなこんなで、

日々の生活を通じて自分が感じた
完璧主義と幸せについて、
緩くこだわってみたいと思います。




「人生の目標」という言葉を初めて知った20代ころ

私が社会人生活をスタートした30年ほど前、
本屋にはビジネス書は並んでいなかったと記憶しています。



今や本屋に行けば自己啓発書のコーナーには
ビジネス書の新書が毎週のように平積みされ、
書棚にはどのジャンルの本も網羅的に並んでいます。



完璧な人生を送るためには、人生の綿密な計画を建て、
それを日々の生活の中でコツコツと実行することによって
成し遂げられると書いてある本も書棚に多く並んでいます。



「7つの習慣®」とか「思考は現実になる」とか、
普遍的に世界中で読まれている良書はたくさんありますよね。



私は以前にフランクリン・コヴィーのセミナーでもらった
プランナーという手帳を数年間使用していましたし、
それとは別に「7つの習慣®」のセミナーに出たこともあります。



すいません。
偉そうに言いましたが、
正直に言いますと・・・
どちらも会社から出るように
言われたんですけどね(笑)



フランクリン・コヴィーのセミナーに出た時、
私は20歳後半だったと記憶しています。



当時はアメリカ系消費財の企業に転職をして
名古屋で営業職に従事していました。



その時の自分は、
地域で一番大きいカスタマーを担当して
ガンガン仕事がしたいという気持ちは相当強かったですが、
自分の人生のことは考えたこともありませんでした。



たぶん今の自分をご存知の方は
昔の私がイメージできないかもしれません。
結構オレがオレがというスタイルで営業をしていたと思います。



そんなある日、
支店の会議室にオールバックにサスペンダー、
そして、シルバーフレームのメガネをつけた
怪しい感じの人が主催するセミナーに出席することになりました。



今考えると当時の支店長は事前に私たちに対して
セミナーの趣旨をインプットしておきべきでした。
私はセミナーが始まってもこれから何が起きるかが
全く分からなかったからです。



なので最初のうちは、
訳のわからないテカテカオジサンの
オーバーアクションだけが気になり
内容すらつかめませんでした。


昼にいつも食べる近所の味噌カツ屋さんの弁当を食べて、
午後くらいから眠気とは裏腹にセミナーに興味が出てきました。



それまで、
人生でお金を払うようなセミナーに出たことがなく
ましてや自分に投資をするような人生は考えておらず、
本当に浮き雲のようなフワフワした人間でした。



自分の人生の終わりを思い描き人生の目標を立て、
日々の生活のなかで主体的に自分らしい選択をしながら、
自分の未来を変えるべく日々を有意義に生きるために
手帳に目標を記入するなんて・・・夢にも思いませんでした。



私が当時持っていた手帳の使い方といえば、
月次の問屋別の目標数字と、
日々の商品在庫を記入するものでしかなかったです(笑)



だって目標達成は必達で、
頑張っていますという言葉は禁句。
営業のトップマネジメントの口癖といえば、


「頑張らなくて良いから結果を出して」


でしたから(笑)
今考えても結構猛烈な会社だったのです。



とはいえ当時の自分は先輩や同僚にも恵まれ、
得意先の方ともよく飲みに行って仲良くなり
自分なりに人生の充実感を味わっていたんです。



そんなときに人生を振り返る手帳ですよ。



驚くしかないじゃないですか(笑)



とはいえ振り返ると、
その人生の目標をひとつの手帳に落とし込んで
日々の行動に変化を与え続けるということは、
今の自分を形成する基盤になったとも言えます。



セミナーが終わるころには、
すっかりテカテカオジサンさんの
パフォーマンスにも慣れて(笑)
ほぼ内容を理解をしていました。


そのおかげでしょうか。
得意先との仕事も順調に売り上げを伸ばし続け、
数年後には会社で最も売り上げる得意先を持つまでになり、



そしてその数年後には、そのキャリアを弾みにして
もっと大きな会社に転職をすることが出来たのです。



その時の自分はイケイケだったので、
「目標を完璧にこなせば結構いけるんじゃね?」
という感じだったと思います。



今考えると人間としては、いけすかないやつですよね(笑)


完璧という言葉の恐さ

そのイケイケな自分にも
この後大きな変化が訪れることになりました。


それは自分自身が大病をしたことと、
2011年の震災があったことに起因します。

自分の病気について書いたブログです。合わせてご覧ください。
微小変化型ネフローゼ症候群



当時の私は20代に受けたテカテカのセミナーでもらった、
完璧な人生を送るための(笑)手帳を日々の生活でも使い続けていて、
それが自分のささやかなサクセスにつながっていると信じていました。


そして、その手帳を日々の生活で
長年使っていたこともあり、
私は知らず知らずのうちに
「日々完璧に生きる」という呪縛に囚われて
あるべき論に支配されてしまいました。



常に、
「仕事とはこうあるべき」
「私生活はこうあるべき」と
できる限りの「完璧」を

自分に求めてしまった結果、


日々の生活にゆとりや余裕がなくなってしまったのです。



今考えると私の読み解き方が浅かったんだと思います。


だって、「7つの習慣®」には
「完璧な人生を送るべきですよ!」ということは
どこにも書いていないのですから。


でも10年前までの自分の理解が浅かったこともあり、
長い間その考え方に縛られていたのです。



結局は抗えない自然災害による世の中の変化と
時を同じくして自分を襲った病気のおかげで
自分のささやかな「完璧な人生」は、強制終了させられたのです。



あなたの人生における成功と幸せとは何ですか?


年齢を重ねていくつかの人生の荒波を経験し、
震災や病気で人生を否応なしに変えざるをえなかった時に
私は初めてわかりました。

「目指すべきは完璧ではなく幸せ」だということを。


昭和の人が考える完璧な人生を生きるということは
偏差値の高い学校に入り、大手企業に就職して、
持ち株と年金で余生を過ごすという、



昭和に出来上がったステレオタイプの過去と、
世の中の都市伝説になっている
ちょっとした成功事例をベースにしています。



これらは本を何冊読んでも、
成功の方程式として本に書かれていることも、
エビデンスとして論文を探すこともできませんが、
いまだに都市伝説的に親から子供へと刷り込まれています。



それは親世代が その生き方をすることで、
他人と自分を比較して優越感に浸ることが出来たことや、
他人と比較して多少の金銭的な余裕が生まれたからだと思います。



それらのステレオタイプの量産型人生は、
レールの上を走るドロップアウトしない完璧な人生観と共に、
世の中の固定概念として植えつけらます。



私も御多分にもれずその一人で(笑)
結局のところ昭和の古い完璧主義が
自分をエンジンブローに追い込んだわけです。



私にとってこの出来事はピットインどころか、
人生のレース場からリタイアした気分でした。



今回のコロナ禍も大きな自然災害と考えると、
実際には予測が不可能であり完璧な回避方法はないわけです。



これは私のように完璧な妄想人生(笑)を
歩むことを理想としていた人だけではなく、



日々同じような暮らしを続けたい人や、
コロナ禍前と同じ暮らしに戻りたいと考える
コンフォートゾーン(安全地帯)思考の方にも
当てはまることだと思うのです。



完璧さに固執してしまうと、
予測不能な事態が訪れたときに、
逆に自分を不安定な状態にしてしまいます。


なので、完璧を求めたり成功にこだわりすぎて
予測不能なことに気を病むよりも


日々の生活の中で自分にとっての幸せは何か?
自分の幸せは何から生まれて来るのか? を



この機会に一旦立ち止まって考える事が必要ですよ。



普通だと思っていた日常がなくなっている生活においては、
隣の家のお婆さんと朝の挨拶が普通にできるだけでも
とても幸せな気持ちがしますし



公園を歩いていて思い切り空気を吸い込んだ時にも
幸せな気分が広がるなんてこともあるかもしれません。



これは今日の私のプチ幸せだったんですけどね(笑)



あなたも自分の中の「完璧さ」を求めるよりも、

成功にこだわりすぎて自分を追い込むよりも、


ちょっとした幸せを感じながら
日々の生活を送ってみたいと思いませんか?




私はコーチングのスキルを使って、
あなたが幸せを見つけるサポートをさせていただきます。



「自分でも考えることくらい出来ます」
と仰る方もいらっしゃいます。



確かにそれができる方もいるはと思います。



でもピアノを弾くにはピアノのレッスンが必要なように
人生の目的や幸せを考える時には、
それに合わせたプロとの対話のレッスンが必要です。



コーチングはクライアントさんとの対話を通じて
あなただけの人生の目的や幸せを見つけることを得意とします。




もし、この記事を読んで共感を持っていただいたり、
完璧主義から幸せな生活にシフトしてゆきたい、
そんな方がいましたら「お問い合わせ」から
私にご連絡ください。


是非一緒に「完璧」を「幸せ」にライフシフトしましょう!


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